「どうしたの?」
「なんでもない! お茶用意する!」

 私は、赤いであろう顔を隠すようにキッチンへ行き、織に背を向ける。
 しかし、織の姿が見えなくなっても、頬の熱は引かなかった。

 ドキドキと騒ぐ胸に『落ち着け』と心の中で繰り返し、グラスにお茶を入れる。

「昨日、なんで帰ったの」

 ふいに後ろから抱きしめられ、耳の上で低く囁かれた。

 あれだけ早鐘を打っていた心臓が、一瞬止まったかと思うほど驚いた。

 今なお、背中に密着している状態に戸惑い、左手のグラスを置くこともできずに固まる。
 数秒黙って、ようやく口を動かせた。

「え……。だって、ハンナさんいたし……」
「いたって言っても、部屋は別だし仕事の話だって急ぎじゃないし、平気だったのに」

 やめて。その色っぽい声を耳のそばで出さないで。
 大きな手で捕まえないで。
 力が抜けて、グラスを落としちゃうじゃない。

 それに、そんなにくっつかないでよ。

「俺、昨日は麻結と一緒にいたかった」

 背中からでも、この心音がバレちゃいそうだから……。

 織のストレートな気持ちを聞いて、すぐには言葉が出ない。

「実は、今日ここにきて麻結が家にいたら……って決めていたことがある。俺、今日からしばらくここに住む」

 次に聞こえた突拍子もない宣言に、身体が勝手に動いた。くるっと後ろを振り返り、唖然として言う。

「は、はあ? なに言って……」

 しどろもどろになりつつ、だからキャリーケースを持ってやってきたのかと合点がいった。

「ハンナのせいで、今後麻結は俺の泊まっているホテルには来なさそうだから」

 そんなこと、つらっと言われても。