「そろそろだな。いい匂いがしてきたろ?」


先輩の声が聞こえて我に返った。いつの間にか鍋の中からクッキーみたいな匂いがしている。


ずっと作業を見ていたはずなのに、過程の記憶がまったくない。


「チビ、冷蔵庫から牛乳出して持ってきてくれ」


「はい」


先輩のそばから離れて、少し冷静になれた。


なんだかあたし、勝手に思い詰めてない? さっきのことを特別なことだと思い込んで、意識しすぎてないかな?


ほら、先輩もぜんぜん普通の態度じゃん。特に深い意味はなかったってことでしょ?


もう考えるのよそう。大事なレッスン中なんだから頭を冷やそう。


そう自分に言い聞かせながら冷蔵庫に向かって、ふとテーブルの上に置いたボンボニエールが目に入った。


とたんに胸がトクンとざわついて、反射的に先輩の背中を見る。