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 父の3Dスキャナを使ってアバタを作ると、姿や形だけじゃなくて、硬さや柔らかさもデータ化できる。人間の形状から推測される各部分の硬さや柔らかさが、八段階に分類されて再現されるんだ。
 だから、骨が出っ張っているところは硬い。肉が薄いところは、やや硬い。女子なら、割と全身、やや柔らかい。胸や二の腕がいちばん柔らかい。

 匂いも、アバタのデータに添付される。バラ、ユリ、青草、レモン、せっけん、ミルク、海のうち、本人の肌の匂いにいちばん近いものが、自動的に選ばれるんだ。
 あたしは、ミルクの匂いに近いらしい。少し甘い、あったかいような匂いだ。普通、自分で自分の匂いはわからないから、アバタになってミルクの匂いを感知すると、ちょっと不思議な気分になる。

「マドカ? 本当に、マドカ?」
 アイトの声に、あたしは目を開けた。

 久しぶりの、3Dゴーグルの視界。少し像がぼやけている。あたしは、ゴーグルの下にあるつまみを回して、焦点を合わせた。

「そうだよ、あたしだよ」
 あたしの正面に立つアイトは、あたしよりちょっとだけ背が高い。

 ヘッドギアの重み。頭全体に、かすかに感じる電流。ばちばち来るんじゃなくて、くすぐったさに似た刺激だ。頭の中を光で照らされているみたいに、脳が冴えている。
 あたしは念じる。
 体よ、動け。
 自分で自分に号令をかけるのは、最初だけ。あとはもう、スッと、あたしはデジタルの世界の住人に切り替わる。

 視界に、あたしの両手が映った。手相や指紋、毛穴や体毛までは、さすがに再現できない。このつるりとした肌の質感は、3D映像の中のあたし。
 あたしは両手を握り込んだ。こぶしから、自分の手の感触が伝わってくる。でも、現実のあたしの両手は、深く腰掛けた椅子の肘置きをつかんだままだ。
 二つの世界の体感が、同時に、あたしの中にある。あたしは混乱しない。ここにある体では動かないまま、アバタだけで動くことができる。

 あたしはアイトを見た。目を見張ったアイトに笑いかける。
「アイトに会いたくて、ここまで来たの」
 あたしはアイトの手を差し伸べた。アイトがあたしの手を見て、あたしの顔を見た。

「マドカに触れても、いいの?」
「うん」

 アイトのやせて大きな手が、まっすぐ、あたしの手へと伸ばされる。ディスプレイ越しに、ずっと触れたくて、でも、触れられなかった手。
 初めて触れ合った。ゆっくり、握り合う。

「マドカの手、温かいです」
 ヘッドギアが測る体温が、あたしのアバタに反映されている。アイトの手は、少し冷えていた。でも、人間の体温だ。

「アイトも、体温があるんだね。温かさ、わかるんだね?」
「わかります。マドカの手は温かい。骨の硬さがわかる。でも、柔らかいです」
「アイトの手は広くて、ちょっと硬いね」

 触れ合って初めて実感したこと。アイトは、やっぱりちゃんと男の子なんだなって。男の子の手って、あたしの手とは何だか違う。
 大きくてきれいなアイトの目が、きらきらしている。アイトは微笑んだ。

「来てくれて、ありがとう」
 その笑顔は、とてもほっとしているように見えた。真っ黒い部屋でひとりぼっちだったアイトが、あたしの手を握って、やっとひとりじゃなくなった。
 これからは寂しい思いなんかさせないから。
「あたしも、ずっとアイトに触れたかったんだよ」

 アイトが手をほどいて、そして、あたしをふわりと抱きしめた。温かい。清潔なせっけんの匂いがする。

「調べたら、会いたい人に会えたときはこうすると書いてありました。正解ですか?」

 胸がどきどきして苦しい。会いたいなんて言ってもらったことも、優しく抱きしめられたことも、記憶にある限り、初めてだ。会いたい人がいるという気持ちすら、初めてだ。
 誰もあたしのことなんか、同じ人間とも思ってくれないような世界で、アイトだけはこうしてあたしを受け入れてくれる。
 嬉しくて、涙が出そう。

「正解だよ」
 あたしは、知ったかぶりの幸せな嘘をついて、そっと、アイトの背中に腕を回した。