ママの手料理

「…おい言ったな!?なら明日の朝に戻って来るけど後悔してないね!?」


「当たりめぇだろ、お前の声耳に障るんだよ早く消えろカス」


2人の間で交わされる意味不明なその会話は、明らかに仁さんが期間限定でこの家を出て行く事を意味していて。


何故か手と足を組んで背もたれに寄りかかる仁さんは、薄ら笑いを浮かべていた。


「え、どうしたの?」


出て行く気配のない仁さんと、特に気にする様子もなくキムチ鍋をおかわりしている皆を交互に見比べて私が口を開くと、


「…紫苑ちゃんはまだ知らないのか。まあ取り敢えず見てて。…あ、因みにあいつの名前は壱(いち)っていうから」


隣で伸びをしていた大也が、そっと耳打ちしてきた。



「…全く、君達は最年長であるこの僕を尊敬しようとは思わな………おい、つべこべ言ってねぇで早く俺に身体貸してくんね?」


そして仁さんがまたもや口を開き、急にその声が仁さんではない他の人の声に切り替わった。


「…!?」


(ん!?誰今の声?しかも身体貸してって言ってたけど、やばいよね!?)


目を閉じ掛けている仁さんは、瞼が落ちる寸前に驚いている私の姿をその目に捉え、にやりと笑った。


その笑いの意味が分からない私は、ただ戸惑うばかり。


仁さんが目を閉じている時間が、何十秒にも何分にも感じられた。