痛みに呻いて振り向いたが、後ろにあるのは冷蔵庫だけだ。

手から滑り落ちた一升瓶は、足元に落ちて割れてしまった。


「いった……」


頭を押さえた美奈は、顔をしかめてその場に崩れ落ちる。


(なにこれ。私、どうしちゃったの? 頭が割れそうに痛いよ……)


「美奈、どうした!?」

「おいおい、まずいんじゃないのか? 誰か、救急車を呼んでくれ!」


父親と客らの慌てる声が聞こえ、体を揺すられている感覚はあるが、美奈は呻くばかりで目も開けられない。

そうしているうちに自分の名を呼ぶ父親の必死な叫びは遠去かり、痛みさえも感じられなくなった。


(ああ、そうか、これはきっと脳出血。十年前に亡くなったお母さんと同じだ。私も、このまま死ぬのね……)


薄れゆく意識の中で、それを悟った美奈は、短いけれどなかなか楽しい人生であったと振り返る。

彼女のこれまでの人生には、常にそばに美味しいものがあった。

食べるのが好きで、それ以上に料理を作って、お客さんに食べてもらうことが大好きだった。

『うまい!』と喜ぶ客の言葉と満足げな笑顔に、美奈は何物にも変えがたい幸せを感じたのだ。