あの日、お母さんは瑠奈さん達に連れられ、自然に囲まれた環境の良い療養施設へと向かった。
言葉を交わしてみようと別れ際に声を掛けてみたけれど、彼女が私の声掛けに反応する事は一度も無かった。
それでも、私が落ち込まなかったのは、チャンスは沢山あるって霧生が教えてくれたから。
だから、何度だって諦めに話し掛けようと思うんだ。
昔の独りぼっちだった私は、直ぐに諦めてしまったけれど、それじゃ駄目だと知ったから。
それに、今の私は闇の中で孤独と戦ったりしない。
支えてくれる仲間も、一緒に泣いてくれる友達も居る。
そして、一番側で頑張れって笑ってくれる霧生が居るから。
また、次も頑張ろうって思えるんだ。



霧生の家の私の部屋に、何故か霧生は常駐してる。
ソファーに座り、本を読む私の横で霧生はテレビを眺めてる。
こんな長閑な時間も悪くないと、最近思う。

「神楽、今週も行くか?」
霧生が肩を抱き寄せ私の顔を覗き込む。
「うん、行くよ」
「そうか。なら送ってく」
「いつもごめんね。都合が悪かったら言ってよね。私、電車にだって乗れるんだからね」
毎週私に付き合って、バイクで1時間も掛かる療養施設に送り迎えをしてくれる霧生に、申し訳ない気持ちが湧く。
「馬鹿じゃねぇのか。お前を1人で電車なんかに乗せられるかよ」
いや、普通に乗れるよね。
「迷子になんてなったりしないよ?」
「そう言う意味じゃねぇ。最近、お前は目を離すと直ぐにナンパされんじゃねぇかよ」
そう言われて思い出す。
霧生の言うように、最近やたらと声を掛けられる。
ツッキー曰く、憑き物の落ちた私は柔らかい表情になって、近寄りやすくなったと言う。
そのせいなのかは分からないけれど、知らない人から告白されたり誘われたりする事が多くなった。
まぁ、自分じゃそういうのよく分かんないんだけどね。
お母さんの事を吹っ切れたら、何だか心が軽くなったのは分かる。
ウジウジしてた頃に比べたら、笑う回数だって格段に増えたしね。
「別に、ナンパされてもついていかないよ」
そこは浮かれたりはしません。
「んなの分かってんだよ。声を掛けられる行為自体がうぜぇ。お前は俺のなのに」
独占欲丸出しの霧生は、まだ彼氏じゃない。
そろそろ、聞いてみてもいいのかな?
私達は付き合うのかと。

広げていた本をパタンと閉じて、膝の上に置く。
霧生を真っ直ぐに見つめたら、何故か照れて顔を背けられた。
霧生は自分がする分にはいいけど、されるのは照れ臭いらしい。
「霧生、こっち向いて。話があるんだけど」
「な、何だよ」
真剣な顔の私に霧生は困惑してる。
「あのね···」
「ああ」
頑張れ私、聞くんだ私。
自分を元気付け、今まで聞けなかった言葉を口にする。