「霧生、私···こんなの慣れてたのに。どうして苦しいんだろうね」
霧生の胸元を握り締め苦しい胸の内を吐き出す。
「それは、お前が母親を愛してるからだろうが」
「···あい、してるの?」
私は、愛なんて知らないと思ってた。
「ああ。母親を愛してるからこそ、愛されてぇって苦しむんだろうが」
「私···あの人に愛されたいんだ」
まるで他人事の様に口にする。
幼い頃の自分が不意に頭を過った。
あの頃はお母さんが自分を見てくれるのを、我慢強く待ってたな。
でも、いつしか、あの人は私を瞳に映さないんだって分かって、諦めた。
お母さんにとって、私は見えない存在なんだと思い込もうとしていた。
彼女は何時だって辛そうな顔で私から目を背けていたんだ。
そんな彼女を見たくなくて、私も彼女から目を背けるようになった。 
私達はいつの間にか、お互いに歩み寄る事を諦めていたんだね。
もしかしたら、お母さんは父親に似てくる私を見るのが辛かったのかな。
霧生に恋をした今なら、大切な人を亡くしたお母さんの気持ちが分かるような気がした。


「霧生、私、小さい頃はお母さんが見てくれるの待ってた」
「ああ」
「あの人に抱き締めて貰いたくて、我慢強く待って。それでも駄目だから、いつの間にか諦めてた」
「小せぇ神楽に会ってたら、俺なら無条件で抱き締めてやってたのにな」
「フフフ、それはロリコンだね」
「馬鹿野郎! お前が小さい頃は俺も小さいだろうがよ」
「あ、そうだね」
瑠奈さんや霧生にもっと早くに出会ってたら、今は少し違ってたんだろうか。
あり得ないことを思い浮かべ、後ろを向いても何も始まんないと思い返す。


「お母さんと話せるかな」
「神楽の母親は愛する人を亡くして心が疲れちまっただけだ」
「ん」
「今の悪環境から抜け出して、壊れた心を治療すれば、きっと神楽を見てくれる」
「うん」
「だから、焦らずにのんびりいけばいいだろうが。今すぐ話が出来なくても、これからは何度だってチャンスは有るんだからな」
そっか···そうだよね。
今日、話せなくても、明日がある。
明日が駄目でも、その先に何度だってチャンスは有るんだ。
安心した途端にまた溢れた涙。
「霧生···霧生」
彼の名前を呼びながら、私は涙を流す。
霧生はそんな私の頭をただ黙って撫で続けてくれた。
いつか、お母さんと沢山話がしてみたい。
彼女が愛した父親の事を聞かせて欲しい。
心を壊してしまうぐらいに愛した人はどんな人だったの? って。
それで、お父さんについて教えてもらった後は、私にも愛する人が出来たよって、話すの。
今はまだ無理でも、いつか笑い合える日が来る様な、そんな予感した。