好きになるには理由があります

 



「あの白壁造りの共同浴場の打たせ湯が筋肉に効くから、筋湯温泉(すじゆおんせん)って言うんですね、此処。

 一緒に湯に浸かっていたおばちゃんたちが教えてくれました」

 車に戻って缶の冷たいミルクコーヒーを飲みながら深月は言った。

「……で、お前は結局、ろくに湯に打たれることもなく。
 豆知識を得て、ほかほかになって帰ってきただけか」
と運転しながら、陽太が言ってくる。

 そのまま逗留したくなるようないい雰囲気の温泉街だったが、明日は仕事だ。

 急いで船で帰らねばならない。

 はあ、と曖昧な返事をしながら、少しのぼせ気味なので、より美味しく感じる冷えたミルクコーヒーを飲む。

 まことに申し訳ない、と思っていた。