好きになるには理由があります

 昼休みの少し前。

 深月が社内を回っていたとき、いきなり、トイレからバケツとともに、水が飛んできた。

 誰かがトイレの中から、深月に向かって、水のたっぷり入ったバケツを投げたか、蹴ったかしたらしい。

 トイレの中から数人の女の話し声と抑えたような笑い声が聞こえてきた。

 ついに嫌がらせがっ、と深月は凍りつく。

 だから秘書になるの、嫌だって言ったんですよ、支社長~っ、と深月は手にしていた配り物の紙の束を抱き締める。

 嫌がらせをされたということで、心臓がきゅーっと痛くなったが。

 幸いにも、廊下が水浸しになって通れないだけで、配り物も深月も水を被ってはいなかった。

 それにしても、たまたま此処を通りかかったのに、水の入ったバケツを用意してたなんて、準備良すぎだと思ったのだが。

 見れば、壁の側に掃除道具の入ったワゴンがある。

 清掃中の黄色い看板は横に避けられていたが、まだ清掃後の片付けが終わっていなかったようだ。

 たぶん、掃除のおばちゃんが片付け終わる前に、別の用事で呼び出されたか何かで、何処かへ行ってしまったのだろう。

 そこに、深月をよく思わない連中がトイレに入り込み。

 ひそひそ話していたところに、運悪く、深月が通りかかったのだ。