流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語


   ◇ 仮面舞踏会 ◇

 朝食後、部屋にもどっていたエミリアに呼び出しがかかった。

 若い女官に付き添われて参上すると、シューラー卿が待ちかまえていた。

 かたわらには澄ました表情のエリッヒが立っていた。

 旅の道中のくたびれた軍服とは違う貴族の正装に身を包んだ男の姿は、一見似合うようで、中身を知っている今となっては道化師の衣装のようにも見える。

 二度と会うことはないと思っていたのに、もう二度も再会してしまった。

 顔を見るたびに素直にうれしさがこみ上げてくる。

 思わずこぼれそうになる笑みをこらえながらエミリアは部屋の中へ一歩進み出た。

 シューラー卿が顎を突き出しながら淡々と告げた。

「エミリア殿に殿下をご紹介いたしましょう」

 エリッヒが素知らぬ振りで手を差し出す。

「カーザール帝国皇子エリッヒ・アム・ホッカム・クント・バイスラントと申します。遠路はるばるフラウムへようこそ。あなたのような方にお目にかかれて光栄です」

「アマトラニ王国王女エミリア・ファン・ラビッタ・オレ・アマトラニと申します。お目にかかれて光栄でございます」

 お互いに澄まし顔のまま笑いをこらえるのが大変だ。

 シューラー卿が口添えする。

「エミリア殿はナポレモからフラウムへの道中、暴漢に襲われたそうで、顔に痣が残っておられます。殿下におかれましては、その点については特にご関心はないようですな」

「ああ、それは大変なことでございました。ご無事で何よりでしたね」

 あくまでも初対面であることを装わなければならない。

 傷に触れないことはかえって怪しまれる。

 シューラー卿のよけいな一言にもしっかりと対応しておく必要がある。

「ここのところ殿下には宮殿でお見かけしておりませんでしたが、また外遊でもなさっておられましたかな。外遊にはエミリア殿のように道中の危険もございます。お気をつけくだされ」

「分かっている。領内の見回りに出ていただけだ」

「さようでございますか。疫病の流行している地域もあるようでございますからお気をつけくだされ」

 たたみかけるような物言いにエリッヒも返事をしなくなっていた。

「皇子には帝国の未来を担っていただけなければなりませぬゆえ、命を危険にさらすような真似は控えていただかなければなりませんぞ。エミリア殿は疫病から奇跡的に回復なされたそうであるが、そのような例はまれなことであって、身分に関わりなく天に召されるものばかりでございますからな」

 疫病の話を持ち出されて、二人とも黙り込んでしまった。

「皇子の身にこれまで何事もなかったのはただの幸運に過ぎませんぞ。軽はずみな行為はお慎みくだされ」

 途切れることのない老人の話に、さすがにエリッヒも苛立ちを隠さなかった。

「分かっている。何度も同じ事を言うな」

「老人の話はくどくてすみませぬな」