流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

「何をなさるのですか」

 抗うことのできない女に男が一方的に言葉を叩きつける。

「おれがしたいからするんだ」

 エミリアを抱きしめながら頬に頬を押しつけるようにして男が感情をぶつけていた。

「あんたは裏表がなく、まっすぐで……。だから……俺も隠せなくなるんだ」

 男の強い力をはねつけようとすると、ますます身動きが取れなくなる。

「そんなあんたが俺を夢中にさせたんだろう」

 エリッヒは肩をつかんで女を振り向かせると無理矢理口づけた。

 エミリアは抵抗しなかった。

 背中に手を回し、むさぼり尽くそうとする男の粗野な感情を受け入れてなすがままにさせていた。

 抱き合う二人を白い光が包み始める。

 一度顔を出した初夏の朝日は急激に光の強度を上げて館内を明るくしていく。

 エリッヒが手を止めた。

 抱きしめる腕の力に変化はなかったが、薄い寝間着越しに伝わる感情にためらいがまざっていた。

「今はただこうしていさせてほしい」

 それ以上求めようとしない男に戸惑う。

 薄暗い闇から光に照らされて、さらけ出されたお互いの無防備な姿に照れたのだろうか。

 エミリアは男の胸に顔をうずめてぬくもりを感じ取っていた。

 一夜別れただけであれほど会いたいと願った男に会えたのだ。

 今はただそれを喜べばいい。

「殿下、御朝食の用意が調いました」

 声がして振り向くと、図書室入り口に昨日世話になった執事がいた。

 エミリアから離れながらエリッヒが指を二本立てて応えた。

「すまないが、もう一人分、用意してくれ」

「かしこまりました」

 エリッヒが彼女を朝食に誘った。

「一緒にいいだろう。食事は楽しい方がいい」

「寝間着のままですわ」

「かまわないだろう。公式行事じゃないんだから」

 食べ物のことを思い浮かべた途端、思い切り大きな音がお腹から鳴り響いた。

 エミリアは自分のはしたなさを大いに恥じた。

 エリッヒがおどけた態度でいざなう。

「返事は承りました。参りましょうか、姫様」

「笑いたければ笑いなさい」

 さっきまでの重たい雰囲気がすっかり消え去って、二人は軽い足取りで部屋を出た。