エリッヒは緑の椅子から立ち上がって、またエミリアのそばに歩み寄った。
「皇子といっても、皇位継承者は兄なんだ。俺は母親の違う、いわゆる腹違いの弟でね。いちおう今は継承権第二位なんだが、昨年兄が結婚してもうすぐ子供が生まれる。そうすれば自動的にそちらに継承権が移ることになってるから、お役御免ってわけさ」
「あなたは皇子なのに、どうしてフラウムの外に出ていたんですか」
「俺は堅苦しいことが嫌いでね。旅が好きだ。知らない場所へ行くだけで心が躍り出すよ。皇位なんて地位に興味はないから、継承権を譲り渡して自由になりたいくらいだよ。兄の子が早く無事に生まれるのを願ってるところさ」
大帝国の皇位継承権よりも放浪の旅を好むなんて、相当変わり者なのだろう。
それは道中で感じていた印象とまったく一致していた。
「どうして今まで身分を隠していたのですか。騎兵士官などと」
「隠していたわけじゃないさ。軍人としての身分は実際その通りなんでね。まあ、いろいろあって、今はまだはっきりとは言えないんだが、この帝国やアマトラニ王国の政治情勢を内密に探っていたのは理由の一つだ」
「じゃあ、王国をあのような目に遭わせたのは、あなたの仕業だったのですか」
「おいおい、それは違うよ」
エリッヒは両手を広げて釈明した。
「確かに、君に過酷な運命を背負わせてしまったことは申し訳なく思うよ。ただ、俺だって、皇子とはいえ、政治的権力はない立場だからね。表立って動くことはできなかったんだ。それは分かってもらいたい。俺が言いたいのは、この帝国内に不穏な動きがあるのを探りたかったということなんだ。アマトラニを混乱させたのはマウリスという奴だろうが、他に黒幕がいるはずなんだ。俺はジュリエから噂を聞いて、こういう事態を止めるためにアマトラニに赴いたんだが、結果的に力及ばなかったことはすまないと思っているよ」
「政治のことは分かりませんわ」
エミリアはまたエリッヒに背を向けた。
涙がこぼれそうだった。
父王が亡くなり、シュライファーとは別れ、苦難の旅を経て見知らぬ都へやってきた。
すべてを失ってしまった今、王国だろうと帝国だろうと、もはやエミリアにとっては、なんの意味もなくなっていた。
ただ、エリッヒに責任を押しつけてもどうにもならないことも分かっていた。
それに、道中、いろいろと世話になり、助けてもらったのも事実だ。
命の危険だってあったのだ。
自分の命の危険を顧みずに救ってくれたのだ。
エリッヒの気持ちに嘘があるはずがなかった。
「皇子といっても、皇位継承者は兄なんだ。俺は母親の違う、いわゆる腹違いの弟でね。いちおう今は継承権第二位なんだが、昨年兄が結婚してもうすぐ子供が生まれる。そうすれば自動的にそちらに継承権が移ることになってるから、お役御免ってわけさ」
「あなたは皇子なのに、どうしてフラウムの外に出ていたんですか」
「俺は堅苦しいことが嫌いでね。旅が好きだ。知らない場所へ行くだけで心が躍り出すよ。皇位なんて地位に興味はないから、継承権を譲り渡して自由になりたいくらいだよ。兄の子が早く無事に生まれるのを願ってるところさ」
大帝国の皇位継承権よりも放浪の旅を好むなんて、相当変わり者なのだろう。
それは道中で感じていた印象とまったく一致していた。
「どうして今まで身分を隠していたのですか。騎兵士官などと」
「隠していたわけじゃないさ。軍人としての身分は実際その通りなんでね。まあ、いろいろあって、今はまだはっきりとは言えないんだが、この帝国やアマトラニ王国の政治情勢を内密に探っていたのは理由の一つだ」
「じゃあ、王国をあのような目に遭わせたのは、あなたの仕業だったのですか」
「おいおい、それは違うよ」
エリッヒは両手を広げて釈明した。
「確かに、君に過酷な運命を背負わせてしまったことは申し訳なく思うよ。ただ、俺だって、皇子とはいえ、政治的権力はない立場だからね。表立って動くことはできなかったんだ。それは分かってもらいたい。俺が言いたいのは、この帝国内に不穏な動きがあるのを探りたかったということなんだ。アマトラニを混乱させたのはマウリスという奴だろうが、他に黒幕がいるはずなんだ。俺はジュリエから噂を聞いて、こういう事態を止めるためにアマトラニに赴いたんだが、結果的に力及ばなかったことはすまないと思っているよ」
「政治のことは分かりませんわ」
エミリアはまたエリッヒに背を向けた。
涙がこぼれそうだった。
父王が亡くなり、シュライファーとは別れ、苦難の旅を経て見知らぬ都へやってきた。
すべてを失ってしまった今、王国だろうと帝国だろうと、もはやエミリアにとっては、なんの意味もなくなっていた。
ただ、エリッヒに責任を押しつけてもどうにもならないことも分かっていた。
それに、道中、いろいろと世話になり、助けてもらったのも事実だ。
命の危険だってあったのだ。
自分の命の危険を顧みずに救ってくれたのだ。
エリッヒの気持ちに嘘があるはずがなかった。


