絵画の中で澄ました顔をして座っている少年の面影に見覚えがあった。

 誰なのかは分からないが、確かに知っている人だ。

 栗色の髪、意志の強そうな目、まっすぐに伸びた背筋。

 思い出せそうで思いつかないもどかしさに苛立ちを覚えたエミリアは絵画から視線を逸らした。

 もう一枚は黒衣の老人と幼い少女の肖像画だ。

 十歳くらいの少女の傍らに立つ老人がシューラー卿なのは明らかだったが、柔和な表情が意外な印象を醸し出していた。

 対照的に少女の表情は硬く、暗色の服装からも緊張が読みとれる。

 まるで今の自分の姿や境遇そのままのような肖像であった。

 ふと、暖炉脇のサイドテーブルに目がとまる。

 テーブルの上にあるのはチェス盤だった。

 盤面は透明な水晶と煙水晶で白黒が分けられていて、金で枠が縁取られている。

 駒は象牙と紫檀だ。

 エミリアは歩み寄って、駒に触れてみた。

 なんとすばらしい芸術品なのだろうか。

 指に吸い付くような駒の手触りを堪能していると、突然、背後から手で目をふさがれた。

 エミリアは思わずはしたない悲鳴を上げてしまった。

「おはよう」

 手を外されて振り向くと、そこにいたのはエリッヒだった。

 胸の鼓動が収まらずに、エミリアは声を出すことができなかった。

「すまん。そんなに驚くとは思わなかったから」

 昨日までの汚れた軍服とは違って、ゆったりとした布地の室内着をまとっているエリッヒは白い歯をのぞかせながらエミリアに笑みを向けていた。

「なんて悪趣味なんでしょう。女性を驚かせるなんて」

 エミリアは動揺のあまり倒してしまったチェス駒を並べ直しながら、エリッヒに背中を向けた。

「いや、本当にすまない。ただ、熱心にチェス盤を見つめるあんたの横顔が美しかったものでね」

「またそのようなつまらない嘘を」

「俺はあんたに嘘は言ったことがないぞ」

 エミリアは返事をしなかった。

 胸の落ち着きを待ってから振り向くと、エリッヒは暖炉前の緑の椅子に腰掛けていた。

 栗色の髪、意志の強さを示す目、まっすぐに伸びた背筋。

 肖像画の少年が抜け出してきたかのようだった。

 エミリアは思わず息をのんだ。

「だから、嘘は言ってないと言っただろ。最初に言ったとおり俺は皇子だ」

「じゃあ、あなたは」

「だから、エリッヒ・アム・ホッカム・クント・バイスラント。カーザール帝国の皇子だ」