北側棟の廊下の窓からは、日の出前の群青の光に覆われたフラウムの街が眺められた。

 薄暗いながらも、廊下の壁に飾られたタペストリーがぼんやりと浮かび上がって見える。

 鹿狩りの図柄に本物の鹿の剥製がはめこまれていて、エミリアは思わず口元をおさえた。

 立体的な演出なのだろうが、薄闇の中では悪趣味でしかない。

 すぐ隣は戦いの場面を描いたもので、先々代のファビオ帝による北方異民族討伐の功績をたたえた図柄だった。

 カーザール帝国が現在の隆盛を迎えたのはこのファビオ帝の功績といえると、シュライファーに聞かされたことがあった。

 あれほど退屈に感じていたナポレモでの講義が懐かしい。

 元王女はかつての執事の無事を祈りながら廊下を歩いた。

 装飾の一つ一つに目を凝らしながら見ていて、時を忘れていたらしい。

 いつのまにか暗さに目が慣れてきたのか、壁に並ぶ剥製の目からも不気味さが感じられなくなっていた。

 扉の開いている部屋があった。

 中は図書室であった。

 誰もいない静謐な空間に蝋燭の炎が無数に揺れている。

 エミリアは光に導かれるように図書室に入っていった。

 ナポレモの城館にある本といえば聖書と祝日の聖句を記した時祷書だけだった。

 シュライファーが学問に必要な本を読むためによく修道院の図書館に出向いていたことを思い出した。

 執事の不在をなじったこともある。

 今となっては自らの幼さを恥じるばかりだった。

 このフラウム宮殿の図書室は南側の窓以外は三方の壁が床から天井まで書棚になっている。

 中段に回廊が巡らされていて、数カ所に移動式の梯子が取り付けられていた。

 天井には帝国の版図を示す地図が描かれており、皇帝の紋章を中心として、皇室ゆかりの諸侯達の紋章が取り囲んでいる。

 書棚には隙間なく書物が並べられていて、皮の背表紙に記された書名はすべて流麗な金文字で書かれていた。

 歴史、地理、英雄伝、他にも東洋のものなのか、見たことのない文字の書物もある。

 南側の窓と窓の間の壁には暖炉があり、その前には大理石テーブルと、両側に赤い布と緑の布の椅子が置かれている。

 暖炉の煙突壁に掲げられた肖像画は昨日拝謁したバイスラント三世をこの図書室で描いたものだ。

 赤い布の椅子に腰掛けた皇帝が開いた本を膝に載せ、くつろいだ表情でこちらを見ている。

 緑の椅子には孫のような年頃の少年が座っていた。

 エミリアはしばらくその絵画を眺めていた。