エリッヒは胸を張って隊長に告げた。

「こちらはアマトラニ王家のエミリア・ファン・ラビッタ・オレ・アマトラニ王女だ。皇帝陛下へのお目通りを願いたい」

「かしこまり、あ、いや、承知した。……ん?」

 隊長がエミリアの髪型や服装を上から下まで眺め回す。

 あまり顔を見られたくはないが、隠すような卑屈な態度を見せたくはなかった。

 なるべく感情を見せないようにエミリアはまっすぐに隊長を見つめた。

「エミリア……王女様でありますか?」

 エリッヒが口添えする。

「ああ、道中事情があってね。男装しているんだ。勇敢に戦った名誉の負傷だ」

「これはまた大変失礼いたしました。直ちに手配しましょう」

 隊長が部下に取り次ぎの指示を出している間に、エミリアはエリッヒに耳打ちした。

「ずいぶんと顔が利きますのね」

「名ばかりとはいえ、いちおう騎兵士官だからな。あの隊長には北方のトラピスタ遠征のときに世話になった」

「そのわりに、あなたの方が偉そうですのね」

 エリッヒは曖昧な笑みを浮かべるだけで、そのことには答えずに話を変えた。

「一つ頼みがある」

「なんですの?」

「拝謁の時に道中のことを聞かれても、俺の名前は出さないでくれ」

「あなたのことを? なにゆえに?」

「面倒なことに巻き込まれたくないのでな。堅苦しいことは嫌いだ」

 と、そのとき、さきほど通ってきた貴族の邸宅街の方から角笛が鳴り響いた。

 即座に隊長が部下に指示を出す。

「シューラー閣下の馬車だ。みなの者、無礼のないように!」

 番兵達は一瞬で緊張した表情に変わり、正門を開けた。

 隊長以下、番兵が整列して馬車を出迎える。

 前後を武装騎兵で固めた四頭立ての四輪馬車がやってきた。

 王侯貴族なみの待遇だ。

 エリッヒが門柱の陰に隠れる。

「どうしたのですか」

「お偉いさんが苦手なもんでね」

 馬車は正門から噴水池をめぐって宮殿の正面入り口に付けられた。

 待ちかまえた儀典官が扉を開けると、中から黒衣の老人が降りてきてまっすぐに宮殿内に入っていく。

 ナポレモの祝賀会で対面したときのことを思い出す。

 尊大な態度で父王のことを見下していた老人だ。

 しかし、皇帝の信任を得てこの大帝国を実質的に操る権力の持ち主であれば、それもまた当然のことのように思えた。

 エリッヒが口笛を吹く。

「あいかわらず仕事熱心なジイサンだな」

 口の悪さをエミリアはたしなめた。

「そのような言い方は失礼ではありませんか」

「俺はただお元気そうでなによりだと言っただけだぞ」

「苦手なわりに偉い人をよくご存じなのですね」

「いちおう貴族のはしくれなんでね」