翌朝、ぐっすりと眠っていたところをマーシャに起こされた。

「姫様! 大変でございます!」

「ん……、何事ですか」

「おばあさんが、あのおばあさんが!」

 マーシャは動転していて、言葉がかすれて出てこない。

 手を引かれるままにエミリアは老婆の様子を見にいった。

 老婆は教会の床に敷かれた布の上に横たわっていた。

 しかし、昨日までの様子とはまったく違っていた。

 発疹が退いていたのだ。

「ああ、お嬢様!」

 老婆が体を起こそうとする。

 エミリアは駆け寄って、背中を支えた。

「ご覧くださいまし、お嬢様。発疹が消えましたよ。奇跡でございますよ!」

 それはまったく不思議なことであった。

 全身に広がっていた発疹が跡形もなく消えているのだった。

 さすがにまだ立ち上がって歩き回るほどには回復していないとしても、土気色だった肌にも赤みが戻っていて、命を取り留めたことは間違いがなかった。

 老婆が涙を流しながらエミリアの手を取ってさすっている。

「お嬢様のおかげですわい。聖女様のおかげですわい」

 声を聞きつけて様子を見に来た兵士達もみな驚きの声を上げた。

「奇跡だ! 奇跡が起きたぞ!」

「聖女様だ!」

「なんとありがたいことか。フラウムに聖女様が降臨なされたぞ!」

 教会の扉を開け放って興奮した兵士達が朝焼けの街に駆けだしていく。

「みなの者、よく聞け! 聖女様の降臨だ!」

「奇跡が起きたぞ!」

「フラウムをお守りくださるエミリア様万歳!」

 澄んだ空に教会の鐘が鳴り響く。

 噂はあっという間に街中に広がり、あれほどエミリア達を忌避していた人々が教会に集まってきた。

 街中から病人が担ぎ込まれ、すぐに教会の床はいっぱいになってしまった。

 エミリアは弱った病人の手を握り、胸に押し当て、一緒に祈りの言葉を唱えた。

 体を清潔に保ち、食べる気力のある者には栄養のあるものを与えた。

 これまで家族からも見捨てられ絶望の淵にあった病人達はみな涙を流しながらエミリアに感謝の言葉を口にした。

 実際のところ、すべての病人が回復したわけではなかった。

 だが、不思議なことに、エミリアの胸にある『死神の手形』に手を当てながら共に祈りの言葉を唱えた病人達の何人かが回復したのも事実だった。

 みすぼらしい格好と顔に残る青痣を馬鹿にしていた人々も、王女というエミリアの高貴な素性を知って態度を改めるようになり、身分に分け隔て無く接する姿を見て感動した人々が、その数少ない奇跡を何倍にも膨らませて噂を広めていった。