流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 階段を下りて女官の控え室まで来たところで裏口を開けながらマーシャが手招きした。

「姫様、こちらです。女官用の御用通路でございます」

 扉の向こうには人が一人通れるくらいの狭い通路がのびていた。

 体をやや横向きにしながら歩いても、荒い岩肌が剥き出しになった両側の壁に肩や肘がぶつかってしまう。

 マーシャは通り慣れているのかどこにもぶつからずにすり抜けるようにしてどんどん先へ進んでいく。

 エミリアも必死について行った。

 通路の末端に扉があり、マーシャが細く開けて外の様子をうかがう。

「今です。この先に通用門がありますが、門番とは私が対応しますので、姫様は顔を隠して絶対に声を出さないでください」

「わかりました」

 エミリアはマーシャの一歩後ろについて門へ向かって歩いた。

 門番に向かってマーシャが事務的に言う。

「給仕長様にいいつかった用事で街まで参ります」

「よし、通れ」

 マーシャと顔見知りなのか門番は疑う様子もなく通用門を開けた。

 ほっとしたとき、背後から声をかけられた。

 警備隊長が部下を連れて通りかかったのだった。

「そこの女官たち、待たれい」

「なんでございましょうか」

 マーシャが応対している間、エミリアは立ち止まるだけで振り向かないようにしていた。

 近づいてきた警備隊長がエミリアに向かって小声で言った。

「信頼のおける部下を一人護衛につけます」

 その言葉にはっとして見上げると、フラウムに来たときに世話になったタンテラス隊長だった。

「お心遣いありがとうございます」

「お戻りになられる際は西側の門へお越しください。私が巡回しておりますゆえ」

「エリッヒには叱られませんか」

 隊長が快活に笑う。

「あんな駆け出しの小僧のことなど心配いりませんぞ。さ、行かれよ」

 エミリアは隊長に頭を下げて門の外へ出た。

 二人の少し後を護衛の兵士が一人ついてくる。

 エリッヒと同じ年頃の青年士官だ。

「あなたお名前は?」

 エミリアがたずねると頬を紅潮させながら答える。

「キューリフであります」

「わたくしはエミリア。こちらはマーシャ。よろしくお願いいたしますね」

「はっ! お任せ下さい」

 数ヶ月ぶりのフラウムの街は様変わりしていた。

 活気のあった市場も閑散として商人達の往来もなく、路地裏で遊んでいた子供達の姿もない。

 角を曲がったところに子供が寝ていた。

 男の子のようだが、ハエがたかっている。

「まあ、なんということでしょう」

 エミリアが近寄って脈をみようとすると、男の子の体には全身に発疹が広がっていて息をしていなかった。

「姫様、触ってはなりません」

「いえ、このままではあまりにも不憫でしょう。せめて埋葬してあげなければ」

 エミリアは子供を抱き上げると、教会へ向かって歩き始めた。

 しかし、広場まで来たところで思わず立ちすくんでしまった。