流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 しかし、行動を起こそうとした彼女の前に立ちはだかるのはエリッヒだけではなかった。

 シューラー卿からも呼び出しがあった。

「エミリア殿は宮殿からの外出はお控え願いたい」

 エミリアは毅然と応じた。

「僧正様、おそれながらなにゆえでございますか」

「疫病が流行りつつある街に出ることは健康上の重大事につながりますな。他にも警護の問題などもありましょうぞ。貧民のために命をさらすなど、高貴な身分の者がなす事ではありますまい」

「ですからそのためにこそ参ろうというのでございます」

「そなたの身に何かあれば我が帝国とアマトラニ王国との間に重大な障害が生じるゆえに、勝手な行動はお慎みなされ」

「フランセルさんなら、きっとわたくしの気持ちを理解してくださったはずでございましょう」

 孫娘の名前に老人の顔が引きつる。

「どこで聞いたか知らぬが、二度とその名を口にするでない。よいな! 警備兵! エミリア殿を部屋へお連れし、厳重に警護せよ」

 エミリアは北西塔の部屋に軟禁されてしまった。

 これまでは自由だった宮殿内の行動も制限され、朝食時にエリッヒに会うこともできなくなってしまった。

 湯浴みですら監視状態の浴場でなければ許可されなかった。

「まあ、姫様に対してなんという無礼な」

 女官達が抗議してくれたが、警備兵達は「入りたければ遠慮するな。しっかりと監視していてやるぞ」と下卑た笑みを浮かべるばかりであった。

 自室でなら部屋の外で衛兵が待機すればよいということなので、マーシャが部屋まで湯桶を運んでくれることになったが、それはそれで心苦しいことであった。

 湯桶や着替えを部屋に運び込んできてくれた女官達にエミリアはねぎらいの言葉をかけた。

「大変でしょうに、申し訳ありませんわね」

「いいえ、姫様」

 マーシャが口に指を立てた。

 扉の向こうに控えた警備兵に声を聞かれないように女官達がわざと音を立てて湯を移し替える。

 二人は顔を寄せ合って小声で話をした。

「わたくしどもの衣装にお着替えください。身代わりの者が部屋に残りますので、姫様は外出をなさってください」

「まあ、でもそれではあなた達が叱られてしまうでしょう。もっと重い処分かもしれませんよ」

「かまいません。姫様のお志のためならば、わたくしどもはなんでもいたします」

 マーシャの言葉に女官達がみなうなずく。

「ありがとうございます。でも、どうやって宮殿の外まで行けるでしょうか。警備も厳しいでしょうに」

「わたくしがご案内いたします。お着替えをなさってください」

 言われるままにエミリアは女官の服に着替え、頭にフードを深くかぶった。

 身代わり役の女官がエミリアの服を着てベッドに潜り込む。

「では、姫様、後ほどお茶をお持ちしますので、それまでごゆっくりお休み下さいませ」

 マーシャがベッドに向かって頭を下げて退出するのに合わせて女官達に紛れながらエミリアも部屋を出た。

「姫様はしばしお休みになるそうでございます」

 マーシャの言葉を警備兵は特に怪しむこともなく扉が閉じられた。