流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 エミリアは彼の説明に苛立った。

「ならばまったく問題ではありませんね」

「どういうことだ?」

「政治には興味ありませんし、あなたを困らせたところでわたくしにはなんの関係もないからです」

 エリッヒは絶句したまま固まっていた。

「あなたに相談したわたくしが愚かでした。わたくしの一存でやらせていただきます」

 立ち上がろうとするエミリアの手を彼がつかんだ。

「だめだ! 待て!」

 エミリアは男の手を振りほどいた。

「いいえ。わたくしにできることをいたします」

 エミリアは席を立った。

 苛立ちというよりは寂しさの方が勝っていた。

 旅の途中に感じていた二人の間の違和感。

 彼の心の奥底にある哀しみの正体を知った今でも、いや、今だからこそむしろ理解したいという気持ちはある。

 闇を照らす光となれというのであれば、太陽にでも月にでもなろう。

 ただ、光が闇を照らそうとすればするほど、影は色濃くくっきりと形をあらわにするものだ。

 もしそれがお互いの関係を縛り付ける足かせになるのであれば、ただ不幸の元になるだけだ。

 自分は彼女の身代わりにはなれないし、彼もそんなことは望んでいないだろう。

 お互いがお互いをありのままに受け入れること。

 そんな単純なことが一番難しいのだ。

 故郷を去ってたどりついたこの宮殿にも、そして、彼の心の中にも自分の居場所はどこにもないのかもしれない。

 過去に縛られ、先のない関係を続けていかなければならないとするなら、いつかそこには別れが来るだろう。

 自分の良心に従って行動することを彼が妨げるというのなら、それが終わりの印になるのかもしれない。

 エミリアは死をおそれてはいなかった。

 一度は疫病にかかり、なぜか生き残った。

 もしそれが神の意志であるとするなら、自分がやるべきことに迷いなどなかった。

「さようなら。今まで助けてくださってありがとうございました」

「待て! どういうことだ」

「自分の心におたずねなさい。わたくしの問題ではありませんから」

「冷たいことを言うんだな」

「ならばまさに、もうわたくしがあなたのそばにいる理由はありませんでしょう」

 男と目を合わせずに席を立つ。

 エミリアはもう振り返らなかった。