流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 エリッヒの懺悔は続く。

「俺は単純な人間だから嘘を言わない。心に思っていないことを言えない性格なんだ。だから、『愛している』と言えなかった。だが、今思えばそれが間違いだったんだ」

 エリッヒが黙り込む。

 松明の明かりを背にした表情は暗くて分からない。

 エミリアは男の言葉を待っていた。

「十五の時だ」

 エリッヒが重い口を開いた。

「俺は初めて戦場に出た。行くなと泣かれたよ。だが、俺にも立場があった。怖じ気づいた姿を見せるわけにはいかなかった。俺は振りきって出征した」

 エリッヒの肩と声が震えている。

「死ぬのは俺の方だと思ってた。でも、帰ったらいなくなっていたのは彼女の方だったんだ。カーディク大臣とフランセルは疫病にかかって、二人とも亡くなってしまった。フラウムに戻ってくるまで何も知らなかったし、祈ってやることすらできなかった」

 松明の炎の中で薪がはぜる。

 ふと目をやると傍らでエリッヒが右手で目を覆っていた。

「ジュリエに言われたよ。忘れられない気持ち。それが愛だと。そして男が愛を語り始めるのはすべてが終わってしまったときだと。俺も愚かな男の一人に過ぎなかったってことさ」

 どこまでも不器用な男の悲しみをエミリアは静かに受け止めていた。

「だから俺は今さらながらに、こうして宮殿にいる時は毎日彼女に話をしに来ているんだ。だが、ここにあるのはただの石の壁と床だ。フランセルは返事をしないし、後悔ばかりが積もっていくのさ。生き残った俺を永遠に責め続けるんだろう」

 エミリア自身も母や兄を亡くしたときに、自分が病に伏せっていたこともあって、別れを告げることもなく、知らされたのは後になってからだった。

 エリッヒの後悔も理解はできる。

 だが、そこに解決方法がないことも分かっている。

 死者はよみがえることもなく、後悔の念は強まりこそすれ消えることはない。

 日々の生活の中で記憶が薄れていくことはある。

 だが、そうなればなるほど思い出したときの揺り戻しはいっそう激しく心を苛むのだ。

 何もできなかった自分を責める必要はない。

 病や寿命の前では人間は無力だ。

 だが、責めずにはいられないのだ。

 何もできないからこそ、自分を責めずにはいられないのだ。

 しかし残された自分にできるのはただ祈ることしかない。

「シューラー卿が俺に嫌味ばかり言うのにはこういういきさつがあったってわけさ。俺がフランセルをもっと大事にしていれば少しは違っていたのかもしれないが、今さら言い訳もできないさ。皇族に準じてこの地下墓所に埋葬されたところで、シューラー卿の無念さが晴れるわけでもないだろうしな」

 その無念な気持ちが老人を変えてしまったのだろうか。

 だとすれば、それはどれほどの苦しみだったのだろうか。

 エミリアは頑迷な老人のために祈りを唱えた。