流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 松明を下げながら男が近づいてくる。

「い、いや。エ、エミリア……なのか?」

 やってきたのはエリッヒだった。

 ジュリエに地下墓所へ行けと言われたときから予想はしていたので驚きはしなかったが、彼の表情に表れた狼狽ぶりは予想外だった。

「こんなところで何をしている?」

 それはこちらも聞きたいことだった。

 歩み寄ってきたエリッヒが乱暴に肩をつかんで揺さぶる。

「なぜだ! なぜこんなところに……」

 二人の騒ぎを聞きつけてマーシャが駆けつけてきた。

 女官の姿を見たエリッヒが落ち着きを取り戻して肩から手をはなす。

「ジュリエか?」

 エミリアはうなずいた。

「まったくあのおばさんは……」

 エリッヒは柱に松明を引っかけると、マーシャに向かって下がっているように合図した。

 少女は一礼して闇の中に消えていった。

 床に跪いて墓標の砂ぼこりを手で払いながらエリッヒが話し始めた。

「この墓には五年前になくなったフランセルが眠っているんだ。フランセルはカーディク大臣の娘でね。つまりシューラー卿にとって孫に当たるってわけだ。直接的な血のつながりはなくてもとてもかわいがっていたものさ」

 話を聞きながらエミリアは図書室に掲げられていた肖像画を思い浮かべた。

 あのシューラー卿の柔和な表情は孫娘に対する愛情の証だったのだ。

「俺も子供心に、あのおっかない爺さんがあんな優しい顔を見せるもんだって驚いたよ」

 エリッヒはじっと墓標に目を落としながらつぶやいた。

「俺とフランセルとは許嫁の関係だった。お互い子供だったんだがな。俺が十歳の時、相手は五歳だった。本人達は何も分からなかったが、大人がそうやって決めたことだ。実力者の孫娘と皇族の婚約は帝国にとって最善の姻戚関係だからな」

 エミリアもエリッヒの隣に跪いた。

「俺はなぜか彼女に懐かれていてね。好かれているという感じではなかったんだが、気に入られていたと思う。だが、俺はどうしても『愛している』と言ってやれなかった」

「なぜですの?」

「愛するということの意味すら分からなかった。ただそれだけだ」

 エリッヒはため息をついた。

「子供だったんだよ。本当にただそれだけだ。男女の関係というには幼すぎたのさ。兄と妹という関係に近かったんじゃないか」