流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 奥へ進むほど空気がよどんでいくのが感じられる。

 鼻と口に手を当てながら歩いていくと、ぼんやりと壁が見えてきた。

 マーシャが壁沿いに歩いていく。

 闇の中にすきま風のような空気の流れを感じる。

「姫様、こちらです」

 明かりの中にさらに地下へ下りる階段が現れた。

 マーシャが足元を照らしながらゆっくりと下りていく。

 石段は幅広く、思ったよりも浅い段差だった。

 湿り気のない空気がまとわりつく。

 開けた空間が待ちかまえていた。

 柱の間隔ごとに松明が置かれ、空間全体にぼんやりとした明かりが広がっている。

 決して明るくはなく、足下もおぼつかないが、さっきまでの地下回廊とは雰囲気が違っていた。

「こちらが地下墓所でございます」とマーシャがささやくような声で言った。

 緊張で口の中が乾いていて、声が出なくなってしまったらしい。

「案内してくださってありがとう。もう戻ってもいいですよ」

「姫様はどうなさるのですか」

「わたくしはここに残ります」

「いけません!」とマーシャがしゃがれた声を張り上げる。「それならばわたくしもご一緒いたします」

「では、ここにいてください。わたくしは奥の方を見てきます」

「大丈夫でございましょうか」

「何かあったら叫びますから」

「何かあったら失神してしまいます」

「大丈夫ですよ。心配いりません」

 軽くマーシャの頬を撫でてやってからエミリアは一人で墓所の通路を歩き始めた。

 床に埋めこまれた墓標もあれば、壁際にはめこまれた墓標もある。

 それぞれの墓には聖像が飾られ、台座に刻まれた各時代の皇族の名が読みとれる。

 砂ぼこりのたまった墓標が続く中、明らかに様子の異なる墓があった。

 墓標には埃を手で払いのけたような跡がついていてつい最近誰かがここに来たことを示していた。

『フランセル』と名前の刻まれた墓に葬られているのはわずか十歳でなくなった少女のようだった。

 奥の空間が急に明るくなる。

 揺れる松明の明かりが大きくなって長い影が伸びてくる。

 奥の方に別の通路があったらしい。

 乾いた足音が響いてくる。

 隠れるべきかどうか迷いつつ、エミリアはその場に立って様子をうかがうことにした。

 幽霊ではないだろうし、今日ここに来ることを知っている者は他に誰もいないのだから、命を奪いに来る者でもないだろう。

 それに、ジュリエに地下墓所へ来るようにと言われたときからエミリアには予感があった。

 松明の明かりがまぶしく感じられるほど近づいてきたとき、炎の陰で男が叫んだ。

「フランセル!」