流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 政務宮殿からの呼び出しでエリッヒが退席した後、ジュリエがエミリアに顔を寄せてきた。

 相変わらずいい香りのする女性だ。

「エリッヒとは進展してないようね」

「さあ、よく分かりませんわ」

 はぐらかしたところでお見通しだろう。

 家庭教師が微笑みを向ける。

「もどかしい?」

 エミリアは耳を赤くしながらうなずく。

「明日、日の出前に地下墓所に行ってみるといいですわ」

「地下墓所?」

 ジュリエはうなずくと席を立って去っていった。

 どういうことなのか分からなかったが、エミリアは部屋に戻ってから女官のマーシャに尋ねてみた。

「ねえ、マーシャ、地下墓所へはどうやって行ったらいいのかしら」

「姫様がいらっしゃるのですか」

「ええ、明日の日の出前に」

「姫様お一人ではいけません。暗くて危のうございます」

「では、あなたも一緒に来てくれませんか」

 とたんに少女が震え出す。

「わ、わたくしがでございますか……」

「ええ、場所が分かりませんので」

 マーシャは返事をしない。

「どうしたのですか?」

「おそれながら姫様、あのような恐ろしい場所に、しかも暗いうちから行くのは……、わたくしも明かりを灯す当番で行かされたことがございますが、その……」

「門番でもいて、入れないのですか?」

「門番がいるならいいのですが。そうではなくて……」

 怯えた表情の女官にエミリアは淡々と告げた。

「何もないのであれば問題ありませんでしょう」

 少女がうつむきながらつぶやいた。

「姫様は幽霊が恐ろしくはないのですか」

「幽霊がいるのですか」

「だってお墓だもん!」と言った口を少女があわててふさぐ。「す、すみません。不躾な言葉で申し訳ございませんでした」

「かまいませんわ。それよりも、幽霊が本当にいるのですか」

「実は、誰もいないはずの地下墓所で人影を見たとか、すすり泣く声が聞こえるという噂が広まっておりますので」

 エミリアはマーシャの手を取ってじっと目を見つめた。

「ならば、わたくしが確かめに行ってみます。入り口までいいですから、案内してくださいな」

 観念したらしく女官は「かしこまりました」と頭を下げた。