流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 エミリアは二人の話に聞き入っていた。

「シューラー卿は元は僧正、つまり聖職者で子供はいなかったから、身分は低くても優秀な若者を自分の養子に迎えることで取り立ててやったんだ。それがカーディク大臣でね。そして皇族ゆかりの貴族の娘を娶せて爵位を持つ身分に引き上げたというわけさ」

 ジュリエもうなずいている。

「自らは聖職者として爵位を望まず、縁もゆかりもない優秀な若者に活躍の機会を与えたんですからね。私利私欲で自分の子供を推薦したがる貴族が多い中で、とても立派なことだと賞賛されたものですわ」

 高慢で頑迷な老人の意外な一面を聞かされてすぐには信じられない思いだった。

 エミリアの知っているシューラー卿の姿からは想像のできない話だった。

「当時は父上もとてもお喜びだったそうじゃないか」

 エリッヒの問いにジュリエが応じる。

「ええ、優秀な若者を補佐役に加えて帝国の繁栄が盤石になるとおっしゃってました」

 それなのに今はただ嫌味を言うだけの老人にしか見えない。

 年を重ねたことで変わってしまったのだろうか。

「そのカーディク殿が亡くなってから、この帝国に不穏な動きがあるということなのですか。先日あなたが言っていたのはこのことだったのですか」

 エミリアの問いかけにエリッヒが鼻の頭をなでながら答えた。

「まあ、そういうことだな」

「これからはエリッヒ様も帝国を担っていかなければなりませんわね」

 ジュリエの言葉にエリッヒが苦笑する。

「いや、それは兄に任せるよ」

「ずいぶん無責任ですこと」とエミリアは嫌味を言った。

「だから俺は領内を巡察したり戦場に出る方が向いているんだって。ただ遊んでいるわけじゃないさ」

「人には向き不向きがございますからね」

 ジュリエの言葉に思わずエミリアも笑ってしまった。

 確かにその通りだ。

 自分に舞踏が向かないようにエリッヒにも似合わないものがある。

 玉座におさまるエリッヒを思い浮かべても滑稽な道化師にしか見えない。