流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 一緒に朝食を取るとエリッヒは公務で出かけてしまうため、エミリアは中庭を散策したり図書室で読書にふけったりしていた。

 ジュリエがやってきて異国の言葉を教えてくれることもあった。

「お嬢様は筋がよろしいですわ。エリッヒよりもお上手ですよ」

「そうでしょうか。チェスと舞踏ではかないませんけど」

「人には向き不向きがございますからね」

 多少のお世辞が混ざっているとはいえ、エミリアにとって異国の言葉を知ることは新鮮な楽しみであり、見慣れぬ文字をたどっていくことは知的な快楽であった。

「ジュリエさんはどうやって異国の言葉を学んだのですか」

「直接現地へ行って、その場で教わって覚えます」

「まあ、まるで魔法使いのようですわね」

「それほどでもありませんよ。言葉はその土地に結びついたものですから、じかに覚えるのが一番楽なんですよ。殿方との交流を深めればついでにいろいろな情報も得られますしね」

 ジュリエの知識は幅広く深く、エミリアは教わった知識をどんどん吸収していった。

 エリッヒと三人で朝食を囲むときにはジュリエから各地の政治情勢について話を聞くこともあった。

「東方のバルラバン帝国から北方のトラピスタに通商使節が派遣されたそうですよ」

「ただの通商使節なのか?」

「表向きは」とジュリエがうなずく。「裏では当然違う話もしているでしょうね」

「手を結ばれるとやっかいだな」

 トラピスタといえばエリッヒが戦争に行っていたと話していた地域だ。

「また戦争ですか」と思わずエミリアは口を挟んだ。

 エリッヒには出征してもらいたくない。

「そうならないようにするのが偉い大臣達の役割なんだがな」

 ため息をつくエリッヒに対してジュリエがコーヒーのカップを口元に寄せながら微笑む。

「家柄ばかりを気にした無能な貴族がはびこってますものね」

「疫病でカーディク殿が亡くなったのが大きかったというわけか」

「疫病が? このフラウムでも?」

 エミリアの質問にエリッヒが口ごもる。

 ジュリエが代わりに答えた。

「五年ほど前ですわね、フラウムに疫病が流行って貴族達の間にも亡くなった方が多かったんですよ。カーディク殿はシューラー卿の養子だった方で、とても優秀な政治家でしたの。引退したシューラー卿の跡を継いで外交交渉に腕を振るって平和維持に努めた立派な方でしたわ」

 エリッヒが重い口を開く。

「カーディク殿が亡くなられてから、僧正殿が政治に復帰したんだ。だが、昔のようには円滑に政務が進まなくなってしまってね。まあ、昔のことなんて俺も子供だったから知らないんだがな」

「そんなことがあったんですか」

 シューラー卿のことを聞くのは初めてだった。