流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 エミリアが身を任せる仮面の男は華麗な足取りで絶え間なく円を描きながら徐々に広間の隅へといざなっていく。

 舞踏の輪を離れたところで二人はいったん立ち止まり、お互いに目を見つめ合わせた。

「お上手ですのね」

「お褒めにあずかり光栄です」

 不思議な気分だった。

 見知らぬ男だが、この相手には素顔をさらしても落ち着いていられる。

 男がマスクを差し出した。

「まあ、拾ってくださってたのですか」

「ええ、君のその顔を他の男達に見せたくないのでね」

 男の言葉に血の気が引いていく。

 やはりこの男もこの痣を笑っているのだろうか。

 離れようとする彼女の腕をつかんで男が引き寄せる。

「他の男に見せるのはもったいない。君を独り占めさせてくれ。エミリア」

 名前を呼ばれて思わず顔が熱くなる。

 相手のマスクに両手をかけて静かにはずす。

 仮面の下から現れた微笑みは見覚えのあるものだった。

「まあ、エリッヒ。あなたでしたの」

「これは無粋な姫様だな。仮面舞踏会で相手のマスクを剥ぎ取るなんて」

「剥ぎ取るだなんて。そんな乱暴なことは……」

「冗談も通じないのかい。まっすぐで裏表のない女だな」

 反論しようとすると、エリッヒが彼女にマスクをはめた。

 戸惑う彼女の手から自分のマスクを取り返すと耳元でささやく。

「ここを出よう。宮廷行事なんて退屈だろう?」

「よろしいのでしょうか」

 退出したことがシューラー卿に知られたらエリッヒの立場もまずいことになるのではないだろうか。

「顔が分からないんだから平気だよ」

「それならば、最初からマーシャに代わりに出てもらえば良かったですわ」

「マーシャ?」

「わたくしの世話をしてくださる女官です」

「呼んでくれば? あんたより舞踏はうまいかも」

 エミリアは男の足を踏みつけた。

「あら、ごめんあそばせ」

 エリッヒが苦笑しながら手を差し出す。

 二人は身を寄せ合いながらそっと大広間を抜け出した。

 青白い月明かりの差し込む廊下を歩きながらマスクを剥ぎ取ると、立ち並ぶローマ時代の彫刻に引っかける。

「こいつらの方があんたよりも舞踏が上手かもな」

「まだ言いますか」

 エミリアは男の口を塞ぐように唇を押しつけた。

 目隠しをされたヴィーナス像の陰に隠れて二人はお互いを求め合っていた。