流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

 広大な空間には人があふれ、楽団の奏でる音楽に乗って盛大な舞踏が繰り広げられていた。

 マスクのせいで視野が狭い。

 背中に人がぶつかる。

 舞踏の勢いに押されてマスクが飛び、エミリアは膝をついて倒れてしまった。

「あら、ごめんあそばせ」

「あ、いえ、こちらこそすみません」

 立ち上がって振り向くと、舞踏を邪魔された二人がエミリアに困惑の表情を向けていた。

「まあ、少しぶつかっただけかと思いましたのに、その痣はどうなさいましたの?」

 あらわになった素顔を見られてエミリアは動揺していた。

「いえ、これは心配ありません」

 思わず後ずさると別の女性にぶつかってしまう。

「ちょっと、どういうことですの」

「すみません」

 ざわめきが広がり、人々の注目が集まり始める。

 舞踏を中断させられた人々がエミリアを取り囲み、男性達の好奇な目になめまわされる。

「君はいったい何者だね」

「なぜ短髪なのかな」

「まさか侍女ではあるまいね。どこの御家中のお付きの者かな」

 返事をしようとしても膝が震えて声が出ない。

「あ、あの……」

 そのとき、人の輪の中から一人の男が歩み出て、エミリアに手を差し出した。

「一曲踊っていただけませんか」

「いえ、わたくしは舞踏はあまり……」

「そう言わずに、ぜひ」

 男は強引にエミリアの手を引いて胸に抱き寄せると、顔の痣を腕で隠すようにしながら舞踏の輪の中に入り込んでいく。

 エミリアは曲のリズムに足を合わせることもできず、ただ男に引きずられるようにしながらついていくだけだった。

「しっかりとしがみついているんだ。僕に任せて。いいね?」

 男はエミリアを中心に円を描くように回転しながら華麗に舞っていく。

 恥ずかしさと動揺でエミリアの頭の中は真っ白だった。

 言われるままに男の胸に頬を押しつけ、顔を隠しながら身を委ねるしかなかった。

「そう、それでいい」

 男が耳元でそっとささやいた。

 舞踏を中断していた人々も何事もなかったかのように再開して、また広間は華やかな空気に満たされていった。