「……冗談だよ。好きでもない男に、そんなことできるわけないよな」


私の気持ちを知らない藤川は、部屋を出て玄関の方へ向かう。

その背中はどこか寂しげに見えた。


スニーカーを履くためにわずかに屈んだ彼へ、私はそっと近づく。


ドキドキさせられているのが自分だけ、っていうのが悔しくて。

つい仕返しをしたくなった。


謝罪の意味も込めて、彼の肩に手を置き、その綺麗な横顔へ唇を寄せる。


本当に、黙ってさえいれば……


「…………」


目を見開いた藤川が、そのままの姿勢で固まった。


ほんの一瞬、頬へ掠めただけだったけど。

唇の感触に気づいたみたいだ。


「何、今の……」


ボソッと呟いた彼は、こちらを見ずに玄関のドアを開け外に出る。


先を行く彼の耳が赤くなっているのを発見し、私は少し安堵していた。

照れくさくて赤面しているのは自分だけではないのだと──。