北イタリアの視察から戻って少しすると、皇帝一家は例年通り夏の離宮シェーンブルン宮殿へと住まいを移した。

宮廷内の雰囲気が少しだけ変わったのは、その夏のことだった。

「ようやく大公殿下に跡継ぎが望めそうね」

そんな噂がまことしやかに宮廷内に流れるようになったのだ。

どうやらゾフィー大公妃が北イタリアへ行っている間、フランツ・カール大公は皇帝夫妻に随分と叱られたらしい。「皇室の一員が子作りを放棄してどうする。大公妃はまだ子供なのだからお前がリードしなさい」と。

――もっとも。皇帝陛下がそうなさるようにクレメンス様が仕向けたのだろうけれど。

彼はゾフィー大公妃の子が未来の皇帝になると確信している。ならば自分の権力が衰退する前に未来の皇帝の教育方針を決定したいというのが、クレメンス様の目的だろう。

そうしてこってり絞られたフランツ・カール大公は渋々ながらもゾフィー大公妃に優しくするようになり、その甲斐あって夫婦仲は随分と良くなってきているのだとか。

そして夏も終わり再びホーフブルクでの生活が始まると同時に、宮廷には「ゾフィー大公妃殿下、ご懐妊」の朗報が駆け巡った。