「この後、泊まれる?」
耳元で囁かれた言葉は、脳内でリフレインする。
「もちろん」じゃ思いきり期待していたみたいだし、かといって渋るのもなんだし。
結局いい返事が思いつかなくて、頷くことで答えた。
女子高、女子大育ちで、ずっと実家暮らしの私は、実は経験がない。
付き合う人はいわゆるお行儀のいい人ばかりで、父に気に入られるようにと私を二十二時までには帰す。だから経験はキスどまり。
それを、阿賀野さんが知ったら引いたりするのかしら。
「俺んちでいい?」
「はい」
誰にも聞こえないように、顔を近づけて囁きながら、もう一度キスをした。
人のいるところで、と思うとなんだか背徳的な気分でぞくぞくする。
不安がないわけじゃないけれど、正直いつまでも処女でいるのもどうかと思ってる。
“父が気に入る人”というフィルターを外した状態で、理性よりも感情重視で好きだと思えた人は阿賀野さんだけだもの。大丈夫。後悔なんてしない。
映画が終わり、タクシーに揺られて阿賀野さんのアパートに行く。
後部座席に並んで座っているときに手を握られて、胸がどんどん高鳴っていく。
恥ずかしさから妙に饒舌になってしまって、ひとりで話し続けてしまう。仕事の話からついつい仲道さんの話を持ち出してしまった。
「彼女が辞めたのはもったいなかったです」
「でも、あいつがやりたいことやるんならいいんじゃねぇの」
「阿賀野さんだって寂しいくせに。気に入っていたみたいじゃないですか」
「あいつは、はっきり嫌なものは嫌って言うからな。曖昧にされる方が苦手なんだよ。まあ、投げ飛ばされたのはかなりビビったけど」
「あれは……たしかにないなって思いました」



