「まーってくださいよ、専務。あなたが美麗の幸せを願ってないなんて言っていません。ただね、あなたがあなたの頭で考える幸せは、しょせんあなたの想像の域を超えることはないんですよ」

阿賀野さんは、父のから目を離すことなく、飄々としたまま言ってのける。

妙な自信にあふれていて、私も彼から目を離せない。
父は、異星人でも見るような目で彼を見つめている。

「どういう意味だ。君の言っていることは理解できない」

「分からないんでしょう? そんなあなたの世界は、美麗の世界よりたぶん狭い。少なくとも美麗は、理解できない人間の話もちゃんと聞きます。そして考える。あなたの育てた娘は、人の言葉を取りこぼさない。俺が最初に思っていたより、ずっと柔軟です。……手を離してみてください。美麗はあなたが想像するよりもっと、幸せになれます」

「なっ……」

「片桐にはもったいないですよ」

最後はへらりと笑う。

「阿賀野さん」

あなたは私が、父の囲っていた世界から出たことに気づいてくれたのか。

胸に勇気が芽吹く。
知ってくれているならば、私の覚悟を見せないと。
この人はただ守られているような女なんか好きにならないと思うから。

「お父さん。私、会食は行くわ。会長ともお話してくる。……でも、片桐さんと一緒には行かない」

「美麗?」

「好きな人ができたの。だから片桐さんとは結婚しません」