駅につき、人の群れの一部になりながら私たちはホームを降りる。
改札が近づいたところで、阿賀野さんは私の手を握った。

「専務いるかな」

いかにも恋人っぽい雰囲気を出そうとしているのだろう。
どうして楽しそうな声が出せるのか。私なんて、考えるだけで胃が痛くなってきたというのに。

「……よくよく考えたら、阿賀野さんにメリットなんてありません。……やめてもいいですよ。父を敵に回していいことなんてありません」

私にとって、この反抗は意味がある。
だけど阿賀野さんにはない。父に敵視されれば出世に響くに決まっている。私は、阿賀野さんを不幸にしたいわけじゃない。

立ち止まって、彼の手を離す。
そんな私を一瞥し、彼は私の手首をつかむと、額に息がかかるほどの近さまで引き寄せた。

「お前はまだまだだな。親父がどこまで大きく見えてるんだよ」

「だって」

「大したことねぇよ。一つの会社の専務ってだけだろ。世界はもっと広いんだ。おっさんひとり敵に回したって終わらないよ」

阿賀野さんが私を抱き寄せるように肩に手をまわし、視線を前に向ける。そこに、わなわなと震えた父の姿があった。

「美麗っ」

阿賀野さんは驚きもしない。むしろ挑戦的に口もとに笑みを浮かべ、肩を抱く手に力を籠める。

「お前、何をしているんだ。まさか男と一緒だったなんて」

つかつかと歩いてきた父は、阿賀野さんには目もくれず私に向かって掌を振り上げた。
ギュッと目をつぶったけれど、衝撃はやってこない。