「そうね。一等地を扱う部署だから羽振りがいいわよ。大胆な企画も通るから、仕事としておもしろいわね」

「その、……部署を移ったのは……」

「そうよ。結婚相手……候補がいるから」

以前仲道さんには説明していたので、今更隠す気はなかった。
私が秘書課以外の部署を転々としているのは、父が決めた婚約者候補とさも自然に出会ったように見せかけるためだ。

今度の人は、片桐幸助(こうすけ)さんというちょっと古風な名前の二十七歳。
真面目で顔はまあイケメンとはいいがたいけれど体つきがごつくて、だけど優しそうな人だ。
父の望む、御しやすいという条件にはピッタリ当てはまる。

父は、本当は自らがこの田中不動産を継ぎたいのだ。だけど、社長の息子である城治さんがIT企業から転職してきたことで、その可能性はほぼゼロになった。

父は、状況に応じてある程度の妥協をする性質の持ち主だ。
今回も城治さんが転職してきた時点で方針を改めた。
今は、私に婿を取り、いつか生まれるであろう私の子供に継がせることを期待している。

父の希望をかなえてあげたい。そのためなら結婚さえも受け入れよう。
なぜならば父が選ぶ相手は、間違いなくいい人ではあるからだ。

彼は無慈悲な暴君ではない。私の幸せと彼の野望、両立できる道をちゃんと選んでくれている。

「大丈夫ですか?」

心配そうに眉を寄せる仲道さん。
この子にしてみれば、親が連れてくる相手との結婚なんて不幸以外の何物でもないのだろうけど、私にとってはそうではない。安心させるように私は微笑んだ。