続けざまにもう一通メールが来る。
三ツ和銀行の会長さんが、私を是非にと呼んでいるのだそうだ。

会長さんとは、三ツ和銀行の三十周年記念パーティで顔を合わせたことがある。美術品収集が趣味で、自宅近くの駅に、小さな私営美術館を開いていると言い、引退したら、ここで毎日過ごすのが夢だと話してくれた。私が留学中に美術館を巡った話をしたらすごく喜んで、好きな絵画の話をたくさんしてくれたっけ。あの時のことを、覚えているのかもしれない。

片桐さんは現在商業ビルの開発を手掛けていて、その一階の一部に銀行も入る予定だ。アートギャラリーも作って文化的な施設にしたいと言っていた。父はそれを覚えていて、ならばついでに私の婚約者という体で片桐さんも連れて行こうと思っているのだろう。それが後々の根回しにもなると思って。

たしかにここでパイプを作っておくのは、今後のことを考えれば大事なことだ。

「行くのか?」

「ええ」

「……行くなって言ったら?」

私は、メールに返事を書くために動かしていた手を止めた。
自分がどんな顔をしていたのか分からない。ただ、彼は私を見つめると、苦笑して目をそらした。

「ごめん、冗談」

すっと、触れていた左腕が離れる。
その一瞬で潮の満ち引きが変わったみたいに、すっと阿賀野さんが遠くなっていくのを感じた。