「……んだよ。その顔」

「見ないでください。ちょっと日光がまぶしいだけです」

「その言いぶりじゃ、俺のこと好きみたいだぞ?」

「違っ……」

ダメ、顔が熱い。心臓が、痛いくらいにはねている。

阿賀野さんなんか好きじゃない。むしろ大嫌いだった。
でもだったら、どうしてこんなに胸がドキドキしているの。
たった一日一緒に居ただけで、まるで自分が別人なったみたい。

「……美麗、お前さ」

顎を持ち上げられ、強制的に彼の顔が視界に入ってくる。

「やべーな。かわいい」

その笑い方、やめて。
以前はちゃらちゃらしてるとしか思えなかったのに。甘い蜜が胸を覆いつくすように落ちてくる。

視界が潤んで、のどが詰まって、何も言えなくて固まってしまった私に、近づいてくる彼の顔。

いや、あり得ない。
だってここは電車の車内。そんなに混んでいるわけじゃないけど、公共の場所でしょ?

「……っ」

ふさがれた唇。自由なはずの右手は、何の抵抗もしなかった。

彼はそっと離れると、固まったままの私に、笑いかける。

「目くらい潰れよ」

「だって……」

どうして旅館で手を出さなくて、ここでキスなんてしてくるの。
おかしいでしょう。出すならもっと先に出せばいいじゃないの。

「どうして」

「……俺は別に紳士じゃないし。嫌がらないなら、手ぇ出すし」

掌が、重ねられる。
二度目のキスの予感を感じて、私は固まった。
まるで私の反応をうかがうようにゆっくり近づいてくる彼が、やがて見えなくなる。
ギュッと目をつぶってしまったから。