「やっぱり観光地っていいよなぁ」
駅のホームでのびのびと腕を伸ばす阿賀野さんと、打ちひしがれる私。
結局、終点の温泉地まで来てしまったのだ。
私は最初、適当な駅で降りるつもりだったのだ。けれど、電車の揺れはあまりに気持ちよく、住宅街を抜けてからは景色の変化も少なくなり、なんだその、つまり、私はうとうとと眠ってしまったわけ(しかもこの男の肩に寄りかかってだ)
田中美麗、一生の不覚と言えよう。
「起こしてくれたらよかったのに」
「いやあ、美麗ちゃん、いい感じに寝てたよ?」
まるで千春さんのような口調で言われてぎょっとした。
「名前で呼ばないでくださいよ」
「だって今日、俺彼氏だし。美麗も翼って呼んでいいよ」
いやですよ。
はっきり言ってやりたいのに、さすがに言葉を選んでしまうのは、やはり私が“いいところのお嬢さん”だからなのだろう。
「……遠慮しておきます」
「あ、そ。まあいいや。行こうぜ、美麗」
再び手首をつかまれ、初めて訪れる街へと連れていかれる。
温泉街だからか、どこか下町風な空気がある。駅前からずらりと並ぶ土産物屋さんは、気さくに声をかけてくるし、硫黄の香りが町全体に広がっていて、ちょっと別世界にでもいる気分。
そんな中、いかにもビジネスカジュアルな服を着ているので、ちょっとだけ気後れしてしまう。
私が周りと自分を見比べているのに気づいたのか、「どうした?」とあたりを見回す阿賀野さん。