同意を得られたのならと肩に掛けていた鞄をかけ直し、一歩踏み出そうとしたとき、目の前に何かが差し出された。
「制服だと目立つし、色々めんどくさい事になるの嫌だからこれ着て」
先まで着ていた上着がない所を見ると、どうやらそれは彼の上着らしい。黙って受け取り、袖を通してみればぶかぶかで、必然的に体格差を感じざるを得ない。
制服だと目立つと言っていたので、上着のチャックも閉じてみる。
やはり私にとっては裾も丈が長く、スカートの上に覆い被さってしまうが、それも仕方ないかと袖を少し捲って顔をあげた。
「おにー……――」
呼びかけようとして、誤魔化すように上着の内に入ってしまっていた髪を引き出して払う。
おにーさんなんて、そんな無骨な呼び方をしては味気がない。他人を他人のままにしておけるほど、肝が据わっているわけでもない。
「――名前、何て言うんですか?」
問えば此方を一瞥して、一度開けた口を閉ざした。もしかすると私に対して名乗る気などないのかもしれない。強要などできる筈もないので、それならそれで仕方がない。
けれど出来れば、ともう一歩踏みこんだ。
「おにーさんって呼ばれる方が好みですか?」
近づいて余裕ぶって笑い、顔を覗きこめば色のない瞳が此方を見つめてポツリと細い声が降り注ぐ。
「……叶枝」
「かなえ?さん、ですか?」
「いや、透佳でいいよ。女子高生」
「とうか……透佳さん」
口を慣らすようにしっかりと名を呼んで見せる。対する彼は私を名称で呼ぶ事から、名前など興味がないのだろう。
と勝手に解釈をする。答えてくれなさそうな名前を聞けたのだそれだけで良しとしよう。
多くは望まない。多く望んでも最低限しか手に入らないのを私は知っている。形さえ作られていればまだ、私は私としていられるのだ。