「お前の事情はわかった。
 じゃあ、とりあえず、此処にサインしろ」
と逸人は薄い紙を出してくる。

 店の灯りに透けて見えるその紙をバイトの契約書かな、くらいに思い、芽以はサインしようとした。

「……婚姻届じゃないですか」
とペンを持って機械的に書く寸前、さすがに気づく。

「いや、まあ。
 お前の字で役所が受け付けてくれるかはわからんがな」
と逸人は大真面目な顔で言ってくる。

「走り書きじゃなかったら、普通に読めますよっ。
 じゃなくてーっ!」

「印鑑はあるか?」

 ……ありません、と警戒しつつ言うと、
「じゃあ、拇印(ぼいん)でいいな」
と逸人は芽以の親指をつかみ、パクチーの横にあった、手入れのいい包丁をつかんだ。

 ひっ、と芽以は息を呑む。