麻布十番の三叉路に、夜中になると現れる小さな古民家がある。
 生きている人間には見えない家だ。建物の影に紛れるようにひっそりと佇んでいる。

 この家の主人はまだうら若く見える、太郎という青年であった。
 太郎は金髪にデニムの着物、足元はスニーカーという出で立ちだ。
 首を傾げたくなるが、本人はいたって気に入っていた。

 太郎は見た目は人間に見えるが本当に人間なのかどうか怪しいところはさておき、ここに入り浸っている一人は雪のように真っ白な肌をした昭子という女子だ。紅色の着物にお垂髪の頭がよく似合っていた。

 もう一人、高そうで粋な羽織を着た侍のように見える男が一人、人の良さそうな笑みを顔に貼り付けている。その手にはメロンソーダが握られていた。

 夜夜中、家の中はまだ暗い。とはいえ、台所だけは灯りがついていた。何かが動く黒い影が時折スと左右に動く。

 家の中はというと、建て付けの悪い戸を引いて中に入るとすぐに小上がりになっている。
 部屋の真ん中にこたつが一つ。ふつうの家の六畳一間くらいの広さである。
 その奥がすぐに台所になっているといういささか変な造りの家であった。

「太郎さん、洗い物全部終わったのでここに置いておきますね。家の掃除もしましたよ。あとは買い物だけなんで、他に何か必要なものがあれば言ってくださいね。で、そろそろ時間じゃないですか?」

 誰もいないはずの家に少女の声が滑らかに響く。一寸の後。

 少女の声が合図となり、突如として家に明かりが灯り、明かりによってできあがった影になっているところから何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 こたつのスイッチを入れて一人先に入った少女は、たまこである。

 ノートを広げたたまこは、最後のページまでぺらぺらとめくっていく。