この家に入り浸るようになってから、『人』そのものに会ったことがない。と少女は改めて思った。
 ここで言う『人』とは、まだ生きている人のことだ。
 会うものは全て霊だった。

 直近で出会ったものといえば、猫夜と犬飼だが、彼らは動物の霊だ。
 その前は確か女の人の霊だった。
 更にその前は、スポーツ選手の霊だった記憶が少女にはある。

 彼は試合の帰りに駐車場脇で待ち伏せしていた対戦相手だった一人に殺された。
 試合に負けたことの逆恨みだったと聞いている。結局、犯人は捕まることなく逃げ果して一生を終えた。
 犯人の父親が大層金持ちだったとかなんとかで、多方面において顔がきく人だった。

 金の匂いがあちこちにしていたと太郎が嬉しそうに漏らしていたのが印象的だった。

 だから犯人の死を待って、今までの悪事をみんなひっくるめ、盛大に復讐をしてやったと昭子が話していた。

「昭子さんらしいや」

 少女が思い出すように笑う。
 胸に抱えている分厚いノートを今一度、両腕で潰してしまうくらいに強い力で抱きしめた。

 ここに来られるのは死んだ人だけだ。生きている人間が来ることはできない。そういうところだ。

 家の中に薄い灯りが灯った。
 三人がやってきたのだろう。影が左右に動いている。
 中から昭子の笑い声が漏れてきた。
 太郎が台所に立ったのであろうか、皿やグラスを持つ影がうっすらと見える。

「よし」と一言。唾を飲み込み、少女はその小さい手を引き戸にかけ、力をこめた。