一

 麻布十番の三叉路に、闇に紛れてひっそりと現れる瓦葺造りの小さな家。
 色で表すならば黄土色。
 昔ながらの小さな家で、建てつけの悪い引き戸に苦労はするが、懐かしい家だと思わせる。田舎の家独特の木と草のにおいが疲れた心をほぐしてくれる。そんな感じの家だった。

 昼間にここへ来てもそこはただの道。お天道様が昇っている時間にはみんな影に潜んでいるのだ。
 夜遅く辺り一面暗闇に包まれた頃の三叉路に、揺れる木の葉の影に紛れるようにどこからともなくスと現れるのがこの家だ。
 ちょっとよそ見をしている間に、瞬きをしている間に、あたかも最初からありましたとばかりに現れる。

 外から見ると家の中に灯りなない。真っ暗だ。人の気配もしない。
 夜夜中、小さな子供が一人で歩くような時間ではない。

 そんな時分に、影の内からぬるっと現れた少女がいる。瞬きを数度。
 自分のいる場所を確かめるように辺りをきょろきょろとした。軽く頭を振る。

 分厚いノートを胸の前で抱え、両の眉尻を下げ肩を丸めて家の前に立っている。
 目の前の家を見上げて、口をぽかんと開けた。強張っていた体から力が抜ける。
 
 口角がすぅっと三日月型に伸び、顔に笑みを浮かべた。
 ああそうか、やはりそうか。と、小さく呟き、己を納得させるように一つ頷く。