ふと、兄の高校の男子生徒に誘拐されかけたことは、言わないでおこうと思い立つ。


そんなことを言ったら、とてつもなく心配されて自宅へ強制送還されてしまうに違いなかった。


「優希奈が無事に毎日を過ごしているのなら、俺は何も言わないよ」


妹の言葉を信用してくれたのかは定かではない。

けれど、ひそめていた眉を和らげ、兄は穏やかに微笑んだ。


「ただ……、困ったことがあったらすぐに俺を呼ぶんだよ?
離れていても、俺はずっと優希奈の味方だから」


過保護な兄の発言に、私は肩をすくめる。


「わかりました。何かあったら、すぐに薫兄さんのこと呼ぶね」


素直に返事をすると、ホッとした表情をした兄は私の存在を確かめるかのように右頬に触れ、再び人混みの中に紛れていった。



薫兄さんの溺愛ぶりはいつものこと。


これだから彼女ができないんだ。

常に彼女がいてもおかしくないほど整った容姿なのにも関わらず、兄のそばには女の気配がない。

男子校に通っているせいとはいえ。