「あの人には他に実の息子がいるのは聞いたことがあるよね。その人が説得してくれたっていう話だよ」
母はよく、アキトという名前の子どもがいることを私と兄に話していたのを思い出す。
「父さんもわかってくれて、あの人とは別の家を用意してくれた。俺は今そこに住んでる」
「じゃあ、私は……」
「そうだよ。もう、あの家に帰らなくていいんだ。優希奈の部屋もあるから。一緒に暮らそう」
ホッとしたあまり、涙が一つこぼれた。
「今まで本当にごめん。俺のせいで、優希奈を危険な目に合わせた」
薫兄さんの、せい?
疑問に思い聞き返そうとしたとき。
「相原さん。ちょっとお話が」
食堂の入口に蒼生高の制服を着た、線の細い男子生徒が兄を呼んでいた。
私に聞かれたらまずい話なのか、その人は私へちらりと視線を投げる。
「悪いけど優希奈、そこの階段を下りた所にある生徒会室に入って待ってて」
鍵を手渡され、兄はその人とどこかへ行ってしまう。
仕方なく、私は教えられたとおり階段を下りていった。
静まり返った薄暗い階段。
残り数段というところで、突然、背後から追い越してきた誰かに足を引っ掛けられ、ふわりと体が浮き上がる。
気づいたときには、私は階段から数段、落ちてしまっていた。



