「海里……」


小さくつぶやいた声は誰の耳にも届かない。


瞳からあふれた涙が、海里とお揃いで買った革のブレスレットに滴り落ちた。


今にも崩れそうになる私を、兄が強く抱きとめる。

暖かい腕の中、さらに涙がこぼれていく。


「今まで、守ってやれなくてごめん。でもこれからは、いつもそばで守るから」


普段は澄んでいるはずの兄の瞳が、今は赤く充血していて、それほど必死になって私を取り戻したのだということに気づく。


石鹸のような落ち着く香りが、しばらく私を抱きしめていた。




頬を濡らす涙がようやく止まってきた頃。

普段使っている校舎を案内すると言われ、私は仕方なく兄に手を引かれ旧校舎を出た。


まだ桜花を離れることは受け入れられないけれど、いずれは海里のマンションを出なければいけなかったのだから同じこと。

そう、無理やり納得することにした。


桜花の姫でなくなった私のことは、海里だけでなく、ケイや春馬君ですら興味を無くしていたのだから。


椿の姫が手に入った今、桜花の皆は私のことなどすぐに忘れて普段の生活に戻るはず。