本当は戻りたくないけど。
これ以上、みんなに迷惑をかけてまで、ここにいる理由はない。

痛みさえ我慢すれば、あの家に戻れるのだから……。



「そんな顔してまで、帰らなくていい」


私の目尻に浮かんだ涙を、ゆっくりと海里の指先が拭う。


「如月さんが、あんたを──優希奈を必要としてくれるときまでは」


名前、呼んでくれた……?
何だか、くすぐったい。


「海里って。如月先輩の命令だから、いつも私を助けてくれるの?」

「始めは──半分はそうだった。でも今は違う」


自分の胸元に私を引き寄せながら、海里は続けた。


「大切なものを守りたいと思うのは、当たり前のことだろ」


信じられない思いで、彼に柔らかく抱きしめられる。

髪と背中に彼の腕が添えられている。


海里が、私のことを大切だなんて思ってくれているのが不思議だった。


兄にも、大切だと抱きしめられたことはあったけれど。

それ以外の人に、こんな風に本気で言われたことはない。



私を大切だと言う理由は曖昧なまま。


でも、これだけはわかる。
私も、海里のことが大切だということ──。



抱きしめ返す勇気はなくて。

代わりに、彼の胸元にそっと頬を寄せる。



ケイが来るまで、私達はしばらくそうしていた。