3月の声を聞いたとは言え、風はまだ冷たい。


だけど、雷門から仲見世通りは平日の昼間だと言うのに、私達のような春休みに入った学生からお年寄り、更には外国人観光客まで、とにかく大賑わい。


「あっ、雷おこし。どら焼きもあるし、人形焼におせんべいの食べ歩きもいいなぁ。」


「何しに来たんだよ。まずは浅草寺にお参りしてからだ。」


「は~い。」


よりどりみどりのグルメに、いきなりテンション急上昇の悠を白鳥先輩がたしなめてる。


そして、お参りが済むやいなや、さっそくお目当てのお店に突進する悠を、苦笑いの先輩が追いかけて行くのを、これまた苦笑いで眺めていた私の耳に沖田くんの声が。


「塚原、それマジかよ?」


「ああ。」


「だからお前、今朝から様子がおかしかったのか。」


「別におかしかねぇよ。」


「いや、何かあったの、モロわかりなんだけど。でもそりゃ、平常心じゃいられないよな。」


ニヤニヤしながら聡志に話し掛ける沖田くん。


「それで、返事はもちろんイエスだよな。」


「そんなの、まだ決めてねぇよ。」


「またまた、もったいぶっちゃって。『非モテ世代』とバカにされて来た俺達の代からついに、彼女持ちが誕生するなんて、こりゃみんなで盛大にお祝いしなくちゃな。」


「だから、声が大きいんだよ、お前は。」


聞くともなしに聞いていた私は「彼女」という単語に思わず反応してしまう。


「さっそく先輩に報告しなくっちゃ。」


「先輩は知ってるよ。」


「えっ?」


「昨日、報告した。出かける前に、ちょっと相談させてもらったからな。とにかく騒ぐな、だからお前に話すのは、嫌だったんだ。」


「夫婦の間で、隠し事は水臭いだろ。」


「なにが夫婦だ、お前とのバッテリ-はとっくに解消済だろ。」


「冷たいな、まだ1試合残ってるだろ?」


不機嫌そうな聡志と、相変わらずニヤニヤ顔の沖田くん。話の内容がイマイチはっきりしなくて、やきもきするけど、もちろん問いただすわけにもいかず。


そうこうしているうちに、両手に花ならぬ両手に団子状態で、ご機嫌の悠が戻って来て


「ねぇ、そろそろお昼にしない?おいしい天ぷら屋さんがあるらしいよ。そこにしようよ、ランチ結構お得みたいだし。」


「悠が、そこまで食いしん坊とは思わなかったな。」


「彼氏の前だよ。少しは慎みなよ。」


呆れてたしなめる加奈と私に


「大丈夫、もう慣れた。」


苦笑いで答える先輩の横で、悠はニコニコ。よかったね、理解のある優しい彼氏で。


「じゃ、時間もちょうどいいし、水木さんご推薦のそのお店で、お昼にしましょうか。」


沖田くんの言葉で、私達は動き出した。