「横川さん、こっちに来てくれる?」

 昼過ぎに課長に呼ばれ、すぐ横の小さなミーティングルームに呼ばれた。大人二人でちょうどいい空間に、課長と膝を突き合わせて座る。

「昨日言っていた新しい仕事だけどね、早速横川さんに合いそうなものが飛び込んできたんだ」

「本当ですか」

 てっきり朝のことを事細かに聞かれると思っていた私は拍子抜けした。いや、拍子抜けしている場合じゃない。

 背を伸ばした私に、課長がファイルに納められた資料を手渡す。

「静岡にある歴史あるホテルなんだけど」

「あ、ここ知っています! 地元の友達の結婚式で行ったことがあります」

 実家から電車で一時間半くらいかかるところにある古いホテルは、その特徴的な外観でとても印象に残っていた。

 創業は明治、今ある建物の元ができたのが昭和初期。運良く戦火にも焼かれずに残り、耐震補強や改修を繰り返して今に至る。

 外観は日本庭園の奥にある天守閣といった趣の日本風の建物だが、中に入るとヨーロピアンクラシカルな内装で統一されている。明治の文明開化直後にできた貴族の屋敷といった趣で、外装とのギャップがおもしろい。