くん


だけど、ブラウスの袖を掴まれてそれは出来なくなる。
かたん、と音を立ててもう一度席に戻ると、なんだか意地の悪そうな顔付きで彼はこう切り出した。


「み、海洋くん?」

「人の事穴が開くほど見といて、なんで起こさないで行っちゃうの?」

「えっ!?ちょ、起きてたの?!…てか、そんなつもりじゃなくって!」

「しぃー。あんまり騒ぐと怒られるよ?」


わぁ…っ


叫びたくなるのを必死で我慢する。
だって、滅茶苦茶至近距離で、彼が笑ったから。


「だって…疲れてるみたい、だったし…」

「新田さんが起こしてくれなきゃ、困るんだけどなぁ」


そう言って、ぐいーっと伸びをする彼。


「新田さんと帰ろうと思って待ってる内に寝てたんだな…ごめんね?」


いつになく、饒舌な態度。
こんな一面もあったのかと、驚きの連続で口をぱくぱくと開閉していると、楽しそうな彼の視線とぶつかった。


「くすくす。真っ赤だよ?しかも金魚みたいになってる…」

「……もー…もしかして、それが海洋くんの素なの?」

「んー…?どうかな?でもそうしたいと思うのは新田さんの前でだけだけどね」

「へ…?」

「いや、何でもないよ?じゃあ、帰ろっか?」