翌朝、食パンマンションの前には凛が立っていた。

「オハヨ」

「どうした?」

「朋樹を待ってたに決まってるじゃん」

 素直な凛はめずらしい。

 機嫌がいいのもめずらしい。

「で、あんたさ、昨日はどうだったの?」

 ああ、まあ、それを聞きたかっただけか。

「楽しかったよ」と答えたけど、半分は嘘だった。

 凛に知られてはいけない秘密を隠さなければならないのだ。

 先輩が消えてしまうなんて事は、相談してはいけないのだ。

 切なさや、別れ際にした事なんて、いちいち報告しなくていい。

 オカンじゃないんだし。

 そっか、と微笑みながら凛がつぶやいた。

「うちらもデートしたよ」

「うまくいった?」

「高志がね、お稲荷さん作ってきてくれた」

「へえ、すごいね」

「二人で唐津の海岸に座って食べたんだ」

 凛が頬を染めながらつぶやく。

「お稲荷さんの中のご飯に細かく切ったレンコンの煮物とさ、昆布の佃煮とゴマを混ぜてあってね。あいつさ、あたしの好きな物ちゃんと知ってるよね」

 うん、僕もそれ、知ってた。

「これからももっといろんなうまい物食わせてやるからって、あれって、告白みたいなやつだったのかな」

「そうだね。あいつ照れ屋だからね」

「そっか」

 今朝も歩行者用踏切の警報が鳴っている。

 凛が白い息を吐き出す。

 福岡空港行きの電車が通過する。

「でも、昨日、高志と二人でいてもイヤじゃなかったし、何か自然にしていられたから、もう大丈夫だなって、ちょっと安心した」

「良かったじゃん」

「うん、でも、あいつめちゃくちゃ優しくしてくれるから、もう少しこのまま引っ張ってやろうかなって思って。か弱い乙女でいたいのよ、あたし」

 凛がくすくす笑う。

 僕もつられて笑った。

「高志、かわいそう」

「いいんだよ。それだけのことあたしにしたんだからさ」

「でも、あいつそうやって凛にいじられる方がおいしいかもね」

「ま、冗談だけどね」

 凛は空を見上げて大きく息を吸った。

「こんなこと、誰にも言えなかったからさ、聞いてくれてありがとうね、朋樹」

 僕も息を吸った。

 冷たい空気が肺に入って咳き込んでしまう。

 体が冷えて震え出す。

「これ、お土産」

 僕は鞄から博多のおまんじゅうの箱を取り出した。

「あ、これ好きなやつだ」

「先輩から、凛に」

「ありがとね」