福岡空港発西唐津行きの地下鉄は始発だから二人並んで座れた。

「今日は楽しかったな」

「はい」

 先輩が気持ちを僕に伝えてくれる。

 幽霊なのに。

 何の飾りもなく直接的に思ったことを伝えてくれる。

 そこに嘘なんかない。

 信じられるものしかない。

 先輩の言葉を受け取って僕の心の中に浮かんでくるこのあたたかな気持ちに嘘偽りなんかない。

 幻なんかじゃないんだ。

 僕の心の中にちゃんとある。

 この気持ちは幻なんかじゃないんだ。

 僕は何度も自分に言い聞かせた。

 発車してすぐに先輩が僕の肩にもたれかかって居眠りを始めた。

 僕も眠くなってしまった。

 いろいろなことがあって疲れた。

 緊張もあったし、楽しいこともたくさんあった。

 先輩に楽しんでもらえたのが一番うれしかった。

 こんなに確かな気持ちが感じられるのに、それでも、身代わり幽霊として消えてしまうという重苦しい事実は消えないのか。

 僕は先輩の手を握った。

 こうしていてもその時が来れば消えてしまうんだ。

 寄り添う先輩の体が僕に与えてくれるぬくもりを感じながら僕も眠ってしまった。

 目覚めると糸原の近くだった。

 僕が顔を上げると先輩も目を開けた。

「眠っていたのだな」

「疲れましたか」

「幽霊なのにな」

 ふふっと笑う。

 僕も微笑み返した。

 先輩はもう一度僕の肩にもたれかかってきた。

 電車がホームに滑り込む。

 西唐津まで行ってしまいたかった。

 でも、窓の外はもう薄暗くなり始めていた。

 残された時間は少ない。

「先輩、着きましたよ」

「そうか」

 僕らは手を握り合って立ち上がった。

 ドアが開いて外の冷気に触れる。

 急に現実の世界に引き戻された気がした。

 現実?

 先輩と一緒の時間も現実じゃないか。

「先輩、今日は楽しかったです」

「そうか。私もだ」

「またどこかに行きましょう」

「それはかなわぬことだ」

 そう、それが現実なんだ。

 受け入れなければならない現実が目の前にある。

 抗うことは許されないんだ。